金沢地方裁判所 昭和44年(ワ)544号 判決 1971年11月10日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し昭和四四年八月四日金沢地方法務局小松支局に、別紙第一目録記載の物件につき第一八一九九号、別紙第二目録記載の物件につき第一八二〇〇号による各昭和四〇年八月二六日競落を原因とする所有権移転登記手続の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、請求の原因として、
一、別紙第一、第二目録記載の各物件(以下本件物件という)は原告の所有である。
二、訴外松坂力勝が昭和三二年四月二六日中小企業金融公庫から金一〇〇万円を借り受けた際、原告は本件物件に対し、右訴外人の債務の担保のため抵当権を設定させた。
三、そして、本件物件について昭和四四年八月四日付で競落を原因として請求の趣旨記載のとおり所有権移転登記手続がなされている。
四、しかし、右抵当権の実行は被担保債権が消滅して存在しないのになされたから無効である。即ち、右債権は昭和三三年九月一六日に履行期が到来したので、昭和四三年九月一八日をもつて消滅時効が完成した。よつて、右時効を援用する。原告が援用権者でなかつたとしても、債務者である訴外松坂力松が昭和四五年三月九日付内容証明郵便をもつて被告に対し消滅時効を援用し、右書面はそのころ被告に到達した。したがつて、いずれにしても右抵当権は、被担保債権の時効消滅とともに消滅したので、右抵当権にもとづく競売は無効であつて、競落人である被告は本件物件の所有権を取得しない。
五、かりに、右主張が認められないとしても、右抵当権の競売手続は手続上の暇疵があるから無効である。
訴外松坂力勝は本件抵当権の競売事件(金沢地方裁判所昭和三四年(ケ)第八四号、第一〇七号事件)について金沢地方裁判所に対し右競売開始決定に対する異議の申立をなしたところ、昭和四四年一〇月二一日右異議申立が棄却されたので、これに対し名古屋高等裁判所金沢支部に抗告の申立をなし、同裁判所は同年一二月一二日右抗告を棄却した。かように競売開始決定に対して異議の申立があつた場合、また異議の棄却決定に対して抗告があつた場合の裁判は競売手続の完了(競落人の競落代金の支払)前になされなければならないところ、本件において競落人である被告が競落代金の支払をしたのは同年八月である。したがつて、競売手続完了後に競売開始決定に対する異議について裁判したもので違法であるから、右競売手続は無効であつて、競落人である被告は本件物件の所有権を取得しない。
六、よつて、いずれにしても、競落人である被告は本件物件について所有権を取得しないから、請求の趣旨記載の所有権移転登記の抹消登記手続を求めるものである。
と述べ、
被告主張の抗弁(一)を否認する。民法一五五条の規定は第三者が占有ないし所持している債務者所有財産について差押がなされた場合に限つて例外的に適用があるものと解すべきである。
また、本件のように担保提供者と債務者とが異る場合に適用があるとしても、競売開始決定を債務者に送達することは法律上義務ずけられていないから、偶々一裁判所においてこれを債務者に送達していたからといつて、右開始決定の送達によつて被担保債権の消滅時効が中断するとするのは相当ではない。したがつて、右時効の中断に関する民法一五五条の規定は、債権者から債務者に対して差押のあつたことを直接に通知することを要する趣旨であると解されるところ、本件において債権者である訴外中小企業金融公庫が債務者である訴外松坂力勝に対し、右競売開始決定による差押がなされたことを通知した事実はない。抗弁(二)を否認する、と述べた、
立証(省略)
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、請求原因第一項は否認(ただしもと原告の所有名義であつたことは認める)、同第二、第三項は認める。同第四項を否認する(ただし、右債権の履行期が昭和三三年九月一六日に到来したことは認める)。原告は物上保証人であるから民法一四五条の当事者に認当せず、時効の援用はできない。同第五項を否認する。と述べ、
抗弁として、
(一) 差押による時効の中断
本件抵当権者である訴外中小企業金融公庫は本件物件に対し、訴外松坂力勝を債務者、原告を所有者として、昭和三四年七月二一日および同年八月二七日に競売の申立をなし(昭和三四年(ケ)第八四号、同(ケ)第一〇七号事件)、同年九月一日に右昭和三四年(ケ)第八四号事件の競売開始決定がなされ、右決定正本は同月一八日に債務者である訴外松坂力勝に送達されたので、右送達により被担保債権の時効は中断した。また、右競売事件について債務者である訴外松坂力勝に対し競売期日の通知が裁判所から三回なされたから、これによつても被担保債権の時効は中断した。
(二) 債務の承認による時効の中断
債務者である訴外松坂力勝は昭和三九年五月二八日右競売事件の競売期日において被担保債権の譲受人である被告金庫の係員に対し、右債務の承認をしたので、右債権の時効は中断した。
と述べた、
立証(省略)
理由
一、本件物件がもと原告の所有名義であつたこと、原告主張のとおり本件物件に抵当権が設定されたこと、ならびに原告主張のとおり競落を原因として被告に対し本件物件の所有権移転登記手続がなされていることは当事者間に争いがない。
二、そこでまず右抵当権の実行は、その被担保債権が時効により消滅しているのになされたから無効であつて競落人である被告は本件物件の所有権を取得しない旨の原告の主張について検討する。
(一) 競売法による抵当権の実行の場合においては競売手続の完了(競落代金の支払)前に債権が消滅すれば、そのときに抵当権が消滅するから、競落人が代金の支払をしても、所有権を所得できないと解するのが相当である。ところで、本件被担保債権について昭和三三年九月一六日に履行期が到来したことは当事者間に争いがなく、また成立に争いのない甲第六、第七号証の各一、二によれば、競落人は昭和四四年七月八日に代金の支払いをしたことが認められるから、右代金の支払時期より前に時効期間の一〇年が一応経過していることが明らかである。
なお、原告のような物上保証人においても、かような債権の消滅時効を援用できるものと解するべきである。
(二) そこで、つぎに被告の時効の中断の抗弁についてみることとするが、まず差押による時効の中断の点(抗弁(一))から検討する。
民法一四七条二号にいう差押のうちに競売法による競売申立の場合が含まれることに異議はない。しかし、差押を受ける者と時効の利益を受ける者が同一人であるときは、右差押によつて時効中断の効力を生ずるが、物上保証の場合のように差押を受ける者と時効の利益を受ける者とが異なつているときには、債務者に対してその旨の通知がなされることによつて、そのときに時効中断の効力を生ずることとされている(民法一五五条)。なお、原告は、民法一五五条の規定は、第三者が占有ないし所持している債務者所有財産について差押があつた場合に例外的に適用があるにすぎない旨主張するが、かように制限的に解釈しなければならない理由はなく、むしろ本件のような物上保証の場合が本条の特則を必要とする典型的な事例といえよう。そこで、つぎに同条にいう通知について、原告は債権者が直接これを債務者に通知することを要する旨主張するのでこの点についてみると、なるほど競売法における競売開始決定は所有者には職権をもつて送達することが必要であるのに(民訴法六四四条三項の準用による)、債務者に対してはこれを送達することが法律上要求されていないけれども、競売開始決定のあつたことは相当と認める方法で債務者に告知することを要するし(民訴法二〇四条)、そして実務上本件のような場合所有者のほか債務者に対しても告知の方法として競売開始決定の送達をなしていることが多いことは職務上顕著な事実である(当裁判所においては原則としてかような扱いがなされている)こと、さらに右通知は単に競売手続が開始された事実を知らせること以上に特別の意義はないから、これを特に債権者からの通知に限定する理由に乏しいことなどの点からすれば、民法一五五条にいう通知には債務者に対する競売開始決定の送達の場合もこれに含まれると解するのが相当である。
そして、成立に争いのない乙第一号証の一、二、第二号証、第九号証によれば、本件競売手続において、競売開始決定正本が債務者である訴外松坂力勝に対し、昭和三四年(ケ)第八四号事件については昭和三四年九月一八日に、昭和三四年(ケ)第一〇七号事件については同月一一日にそれぞれ送達されていることが認められるから、結局本件債権について右昭和三四年九月一一日に消滅時効が中断され、その中断の効力は右競売手続の終了のときまで継続したものというべきである。
よつて、被告の右抗弁は理由があるから、その余の点をみるまでもなく、原告の右主張は理由がないものというべきである。
三、そこで、つぎに本件競売手続には手続上の瑕疵があるから競落が無効である旨の主張について検討する。
成立に争いのない甲第四、五号証の各一、二、三、第六、七号証の各一、二によれば、原告主張のとおり競落代金が納付された後の時期に競売開始決定に対する異議の裁判がなされていることが認められる。しかし、右競売手続が違法であつたとしても、競落許可決定が確定し(この点についての直接の立証はないが、競落代金が納付され、また成立に争いのない甲第一号証の一、二、三によれば、本件物件について競落を原因として所有権移転登記がなされていることから推認される)、競落代金の支払により競売手続が終了した後は、基本である債権または抵当権が無効である場合のほかは競落の効果が確定的に生ずるとともに、右競売手続における手続上の瑕疵はすべて治癒され、これを再び他の方法で争うことはできないものと解するのが相当である。
よつて、この点に関する原告の主張も理由がない。
四、以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
別紙
第一目録
能美郡寺井町字寺井ラ一五九番
一、宅地 一一一・二八坪(三六七・八六平方メートル)
同郡同町字寺井ラ一五九番地
家屋番号三六二番
一、木造瓦葺二階建居宅
一階 四四・七五坪(一四七・九三平方メートル)
二階 二三・五〇坪(七七・六八平方メートル)
別紙
第二目録
能美郡寺井町字寺井ラ一五九番地
家屋番号 三六二番七
一、木造瓦葺平家建 一三坪(四二・九七平方メートル)